フと意識が覚醒して目が開く。ぼんやりとした視界に写るのはいつも見慣れた自分の部屋の天井。視線を横にずらし移った壁にかけられた時計が指しているのは夜中の二時過ぎ。思いっきり息を吐いて寝返りを打つ。普段なら寝ている途中に起きるなんてことは絶対にない。もう一度寝なおそうと目を閉じる。
ブブブブッ。携帯のバイブ音がシンと静まりかえった部屋に響く。寝返りを打って枕元に置いてある携帯を手に取る。
(こんな時間にいったい誰だ…?)
液晶画面の明るさに思わず目を細める。メールが一件受信したとアイコンが表示されている。受信者の名前だけが新着メールの到着を知らせるテロップに流れる。
(?何でこんな時間に…)
普段の彼女は絶対にこんな夜中にメールをしてくる性格ではない。よっぽどのことがあったのだろうか。阿部の頭の中に不吉なことがよぎる。布団を蹴飛ばして起き上がる。頭を軽く振ると先ほどまでぼんやりとしていた思考回路がはっきりとしてくる。受信フォルダを開いてメールを読む。
送信者:
件名:夜中にゴメンネ
本文:起きてる?
簡潔なメール文に簡単に起きていることだけを告げるメールを返信する。しばらくするとブブブブッと携帯が震える。開いて受信したメールを見る。
送信者:
件名:じゃあ
本文:今からいつもの公園に来れる?
いつもの公園というのは阿部とがよく学校帰りなどに立ち寄る小さな公園のことだ。こんな夜中に外出するのも気が引けるが彼女の為なら行こうと考えてしまう阿部は相当彼女に惚れ込んでいる。甘い自分に苦笑を浮かべ五分後に迎えに行くから待ってろ。というメールを返して私服を手に取った。
いくら夏だからといって真夜中となれば外は相当暗い。深い漆黒の中を自転車のライトと街頭の明かりを頼りにペダルを漕ぐ。夏特有のしめっぽい風が肌に纏わりつく。思いっきり息を吸い込むと胸いっぱいまで夏の匂いがした。
「隆也」
彼女の家の前の近くまで来ると家の前で待っていたのだろう。彼女が駆け寄る。暗い中で薄着の彼女の白い肌が映える。
「おっす」
「ごめんね。いきなりメールして…。本当に起きてた?」
「たまたまな」
「よかった」
安心したようにほっと胸を撫で下ろし微笑む彼女に手を伸ばして、くしゃりと頭を撫でる。嬉しそうに目を細めて笑う彼女を可愛いと思う。後ろを指差すと彼女は頷いて自転車の荷台に跨って座る。腰に手を回したのを確認してペダルを踏む。
「でも公園なんて行って何すんだ?」
「いいからっ。着いてからのお楽しみ!」
夜中の公園はひっそりと静まり返っていた。もちろん人の気配などはしない。が先に下りて公園の中へと入っていく。公園の入り口付近に自転車を止めて彼女の後を追う。
「おい、いい加減に教えろよ」
「ふふふっ。こっちこっち!」
楽しそうに笑ってスイスイと足を進めた彼女が向かったのは滑り台。子ども用に作られた象の形をかたどった滑り台の階段に脚をかけて彼女は上っていく。阿部も彼女のあとを追って上る。辿り着いた踊り場からは少ししかない高さだが公園全体を見渡すには十分な高さだった。
「おい、」
「上見て、上」
が指差した先を見ようと空を仰ぐ。
「なっ…」
阿部は息を呑んだ。真っ暗な空には無数の明かりが散っていて都会ではとても見ることができないほどのたくさんの星。現実とは切り離されたような幻想的な世界に阿部は我を忘れて見つめる。キラリと遠くのほうで光ったのは流れ星だろうか。
「ね?綺麗でしょう?」
我に返って彼女のほうを見ると悪戯が成功したような子どものような無邪気な笑みを浮かべている。は彼の手を引いて座ろうと促す。狭い踊り場に体格が大きい阿部は座るのには窮屈だが何とか収まる。その膝の間にが体を滑り込ませて座る。
「今日はねペルセウス座流星群が良く見えるんだって」
「そういえばニュースで言ってたな」
夕食を食べている時に流れていたニュースをぼんやりと思い出す。何でも毎年お盆ごろになると活動が活発になる流星群だとか何とか。
「これを見せるために?」
「うん。隆也と一緒に見たかったから」
えへへ。と無邪気に笑う愛しい彼女が笑う。これを可愛いと思わない男はいいないだろう。阿部は彼女の体に腕を回して後ろから抱き締める。夏だからといって夜中になれば気温は下がる。少し冷えた彼女の肌が熱く火照った阿部の肌には心地よい。
「綺麗だね」
「おう」
「来年も一緒に見に来ようね」
「が起きてられたらな」
「し、失礼な!ちゃんと起きてられるもん」
不満そうに唇を尖らせて振り返った彼女の頬に触れる。肌触りのよい頬は掌に吸いついてくるようだ。そっと顔を寄せるとも瞳を伏せる。唇を寄せ合う。
「ん…」
触れ合うだけの唇が離れるとがゆっくりと瞳を開く。阿部はもう一度口付けようと顔を寄せる。だが彼女は驚いたように瞳を丸くし、阿部の唇を自分の掌で制す。
「んだよ」
拒まれたことに不満そうに声を出す阿部には空を指差す。気に食わない阿部だったが言われたとおりに彼女が指差す方向を見ようと振り返る。
「…すげぇ…」
目に映るのは漆黒の空に走り抜ける桃色の輝き。ほんの一瞬だけの輝きを見せ、夜空に吸い込まれるように消えていく流星。それが空いっぱいに幾度となく輝いては消える。阿部とはお互いの存在のことも忘れてしばしその幻想的な光景に見入る。
「すごいね…綺麗…」
「あぁ…」
「隆也」
「ん?」
視線を彼女に戻すと両頬を彼女の掌で包まれ引き寄せられる。唇に残るのは彼女の熱。次に視界に広がるのは恥ずかしそうに微笑む彼女の顔。
「好きだよ」
「俺も」
空に星たちが輝いている中で俺は再度、に唇を寄せた。
(また来年も貴方と一緒に来きます、と)