運動した後の心地よい疲労感を引き摺りながら自転車を漕ぎ、やっとの思いで自室の扉を開けた阿部の目の前には自分のベッドにいるはずがない存在がベッドに寝転んでいたことに目を瞠った。

さん…何やってんすか」

 栗色の髪の毛を無造作に一つに結んでうつ伏せで横になっていた彼女のうなじは白く、ピタッとしたキャミソールは彼女の美しいラインを際立たせ、短いショートパンツは長くてすらっとした足をおしみなく出している。
 名前を呼ばれた彼女は振り返りまるで子供が悪戯をしてばれてしまったかのような顔を見せた。

「隆也、おかえり」
「何やってんすか、人の部屋勝手に入って」
「隆也の帰りを待ってたんだよ」

 阿部は肩にかけていた鞄を置くと改めて彼女を見た。はすでに起き上がっておりベッドに腰をかけている状態で阿部の持っている野球雑誌を膝の上に載せてパラパラとめくっていた。

「相変わらず隆也は野球頑張ってんだね」
「そりゃ、まあ」

 は阿部の幼馴染であり、2つ年が離れていて他の学校に通っているためにとは久しく会話をしたことも会ったこともなかった。

「えらいえらい!」

 腕を伸ばして阿部の髪の毛を撫でる彼女の顔には小ばかにした様子もなく心の底から純粋にそう思っていることが伺えた。阿部はさりげなく顔をから逸らし撫で付けていた手から逃れる。

「そんなことはどうでもいいんですよ、俺は何でさんが俺の部屋に居るのかっていうのを聞きたいんです」
「何でよ、そんなに私が部屋に居るのが嫌?」
「嫌とかじゃなくて…仮にも男の部屋に一人で居るとかっていうのは関心できないですね」

 ちらりと横目での様子を伺うと彼女は不思議そうな顔で眉を寄せている。その無防備で何もしらない無知なところが何故か苛立たしい。

「男って…隆也の部屋じゃん」
「…さんにとって俺はいつまで弟なんですか」
「え、た」

 が口を開くよりもはやく阿部は彼女の細い手首を掴むとそのまま体重をかける。二人分の体重がかかったベッドが軋んだ音が静かな部屋によく響いた。

「た、隆也…?」
「…俺はずっと、あんたのことが好きだよ、幼馴染やましてや姉貴だなんて思ったことなんてない…ずっとずっとずっと!!アンタのことが好きだよ!!」
「なっ、ちょ、たかっ、んっ!?」

 小さな唇は言葉を発することができないまま、塞がれた。は自体が把握できていないのか身動きが取れずにいたが我に返って慌てて押し返そうとするも、両手首をがっしりと阿部に掴まれて微動だに動きもしない。折り重なる阿部の体温を体で感じる。
 阿部はひたむきに乞うような熱心さでの唇を求め、舌をからめていた。彼女の鼻にくぐもった声が阿部を酷く興奮させる。

「た、かや…」

 唇が離れたわずかな隙に名前を呼ぶと阿部の肩はビクッと跳ね上がり、掴んでいた手首を離し体を離した。阿部がベッドから降りた時にスプリングが軋む。

「…これでわかったでしょう、俺だって男なんですよ」
「ん…」
「これにこりたら金輪際俺の部屋に」

 ベッドのスプリングが軋んだ音と同時に阿部は背中に感じるもう一つの体温に口を閉ざした。自分の腰に回っている腕は紛れもないのものだ。

、さん…?」
「隆也は何もわかってない」
「え?」

 首だけ振り返ると顔を背中に埋めて抱きついている彼女の姿が映る。栗色の前髪に隠れて表情は阿部からはよく見えない。

「私だって隆也以外の部屋に無防備に入ったりしようなんて思わないよ」

 顔を上げてほほえんだ彼女に阿部はまばたいて見なおした。腰に回されていた腕が解かれ彼女のほうへと向きなおす。

「ねぇ、もう一度キスしてみない?…今度は同意で」
「…してみる」

 お互いの額がくっつくほどに顔を寄せて瞳を見詰め合って微笑んだ阿部とはどちらからともなく唇を寄せた。




さよなら、こんにちは

(幼馴染はもうおしまい)